暗闇の宙に浮かぶ、夢の島。

人と遊びに行くとなり、水族館と動物園どちらがいいと聞かれたらあなたは何と答えますか?異性とロマンチックな雰囲気を過ごすなら水族館もいいですし、家族で普段見られない動物と触れ合える動物園も捨てがたいですね。

ですが第三の選択肢として植物園があります。なんだか質問の答えになっていないような気もしますがそう言うだけの理由と魅力が植物園にはあるのです。

ここは東京にある海に近い場所。大きなガラス張りのドームが青空にひときわ映えます。ここまでならば一県に一つはある普通の植物園ですが、ここは年に二日ほど、夜間の営業を行う珍しい植物園なのです。

余りにも早く着きすぎて辺りを散歩。この場所はプールやサッカー場があるスポーツ施設が併設され、東京オリンピックのアーチェリー会場となったことでも有名です。その日は射距離70m用の的が並んでいて、私がアーチェリー競技現役の頃はこんな立派な施設はなかったなぁと感傷に浸っておりました。

辺りがオレンジ色になり、ドームの中がライトアップの準備を始めました。夜の植物園はもうすぐ開園です。

薄暗くなったと思ったら暗くなるのはあっという間。入園する頃には夜の帳がドームを包み、何とも幻想的な植物園となっていました。

入園料250円。非現実的な空間を楽しむ料金としてはあまりに安すぎます。

昼間の明るい園内では決して味わえない幽玄さ、それでいて真夜中のジャングルを思わせる濃密さ。

これは夜にだけ花を咲かせるサガリバナ。一夜明けると散っていってしまいます。こういった珍しい植物が見られるという植物園本来の目的だって忘れてはいけません。

これこそが水族館にだって動物園にだって負けない植物園の魅力なのです。

普段見慣れている竹だって種が違えばへぇーとなりますし、こういう場所で見ることで幻想的なスポットともなり得ます。

勿論ロマンチックな風景だけでなく、ただの蘭でさえ人食い花のような雰囲気をも醸す場面も。夜の為せるマジックともいえる雰囲気のコンバーターが最大の魅力です。

私が好きなとあるインストCDがありまして。それには歌詞もないのにブックレットが付随します。そのブックレットには音楽から想起される物語がついているのです。

今より少し未来の宇宙旅行が味わえるくらいの時代。とある少女二人が夢の中で棄てられた動植物実験宇宙ステーションを探検する物語です。

むせ返る熱気と窓の外の暗い宇宙空間。あの物語の風景というのはこういうものなんだろうなという想像がかき立てられる光景です。

ノンフィクションでない限り、お話の中の風景が目の前で味わえるということはめったにありません。それがSFや今流行の異世界というものなら尚更。だからこそ人はその場所を求めて聖地巡礼やテーマパークといったものの場所に足を運ぶのではないのでしょうか。

ここもそういった場所の一つである気がすると共に、その物語を知らなくとも植物を楽しめる幻想的で学術的な空間として存在しています。

途中の扉から出られるベランダのような場所からは東京の夜景やスカイツリーが。普段見慣れていてもあの室内から一瞬離れただけのこの夜景は空想的なものにも見えます。

山に入っても杉林や広葉樹が幅を利かせる日本においては、足から頭まで緑で埋め尽くされるジャングルは想像するかテレビで見るしかありません。各地から集め、成育し、保存している植物園だからこそ体験できる密林の空間です。

勿論、普段食べ物として知っている植物などがどのように生えているか知るという学びの場としての役割も忘れてはいけません。理科の観察ができるというのがそれらの施設の本来の目的なのですから。

昔はここはゴミの埋め立て場でした。それが今やガラス張りの中とは言えジャングルが成育する空間になるとは誰が予想したでしょうか。

日本の経済発展を説きたいわけではありません。東京の端っこにこんな施設があるよとあなたに知っておいてもらいたいだけなのです。デートに使うか校外学習に赴くか空想発展の場とするかは訪れた人次第です。

タレントがハンターする南米の密林ジャングル、雑誌で理想の部屋として紹介されるボタニカルルーム、アニメの異世界雑貨屋…話や映像、写真や教科書の中では見られたとしても自分が身を置くことはまずない環境がここにはあります。

それがこの日のように太陽の光がない時間帯なら尚更、なんとも不思議な景色が広がっています。

外にでて改めて中を覗くとガラスフレームが織りなす様はまさしく宇宙実験場。辺りが暗いだけに室内の灯りが一層まぶしく見えて、今見た植物たちがあの物語の中の宇宙ステーションのサンプルだったかのような感覚を抱きました。

近未来的なドームの中で行われるほんの少しの夜の間だけ見られる風景。人工的に作られた地にありながら宙に浮かぶ、夢の島として佇んでいる気がしてならなかったのです。